ホストクラブ運営の体験実話
2003年4月 から現在にいたるまで、新宿歌舞伎町で、ホストを営んでいたというHさん。
「ホストクラブ運営でもベテランの部類に入るだろう」と言う彼にお話をうかがいました。
10年以上も一人の成人男性を病みつきにする、夜の世界の魅力とはいったい何なのか?業界をより多くの方に知っていただきたい為に利用者に聞いた本音のインタビューです。
34歳、独身。 女性は好きだからホストを運営した(笑)。
― そもそもホストクラブに入るきっかけは、何なんですか?
Hさん(以下、H) 子供のころレンタルビデオで、任侠映画をよく見てまして、その中で「ジゴロ」と言うビデオの出演者に感動しまして、自分も大人になったら「ジゴロ」になろうと思っていました、そして高校を卒業して、いろいろと就職したんですが、なかなか合うところがなくて、キャバクラの店員してそのあと、お金をもっとほしいと思い、新聞を見てホストクラブに転職しました。
― 任侠映画は、いくつも見たのですか?
H はい。そうですよね。もともと大阪の人間なんで、任侠映画は関西弁が多いんですよね。そう言う事も関係していると思うんですが、いくつも見ましたね。
― 「ジゴロ」はどんな映画でした?
H そうですね、主人公が会社を辞めて、女性に夜の仕事で働かせ、そして生活をしている、そのタイトルとおりの映画でした。
― 子供の頃に、そんなもの見ちゃいけませんよ。何歳頃ですか?付き合っている女性はいましたか?
H はい、そうですね。んー、十六、七歳頃だったと思います。その頃付き合ってる女の子はいませんよ。しかも、童貞でしたので、女性の体には興味深々でした。でも好きな女性はいましたよ。告白出来ませんでしたけど(笑)
― 気持ちはわかります。童貞を終了したのは何時ですか?
H 遅い方だと思います。高校を卒業してから23歳位まで仕事を転々として定職がなかったんですよね。洋服や髪形やお洒落に気を使っても、ナンパで一日10人声をかけても定職がない男って一般的にはモテないんですよ。だから、23歳でお風呂で童貞を終了させました。寂しい…
― そうでしょうね。それでホストですか?
H はい。まぁやりたかったというのもありますけど、いや、やれると思いこんでしまった自分がいたんです。でも、ホストに入店してから初めは、大変苦労しました。お店のフロアに出る前、皿洗いやキャッシャーの手伝い、先輩の使い走り、そしてウェイター、失敗した時は、先輩から説教、この説教が長い!!時には、三時間。参りました…そして最大に嫌なのがお客さんからのからかい。
― お客さんからどんな事をからかわれたんですか?
H 「頭が悪そうねぇ…」とか、「あなたなんかの為にお金を使いたくないわ」とか言われたんです。カッときて応戦すると大変です。先輩から三時間の説教。そして何といってもホストの最大の嫌なところは給与の安さです。一か月の初任給がたった五万円。これではやっていけません。だから、女の子を捕まえないと生活出来ないんです。
― 一人前になるのにどのくらいの時間がかかりましたか?
H そうですねぇ、自分の場合は、早かったです。三か月くらいです。最初に接客したキャバクラで働いている28歳の女性と生活も出来ないんで、付き合いました。そしてこの女性がよくお店に来てくれてボトルも入れてくれたので、三か月目には他の客の売上と合わせて給与が50万程度になりましたし、仕事も覚えました。
― 自分でお店を持ちたいと思ったのは何時頃ですか?
H 働き初めてから半年くらいですかね。たまたま六本木の大地主の50代の女性と知り合ってその方から「自分のお店を持たないか?」と誘われました。半年でお店の回し方(運営)や備品等の取引先なんかは、わかりましたし失敗しても自分の持ち出し額がまったくなかったので、OKしました。そして、男子スタッフも働いた店で給与を50%アップで7人程引き抜いて六本木でスタートしました。
― お客さんは、どんな女性が多いですか?
H んー、やっぱり業界関係の女性が多いですよ。業界関係の女性ってお金は世間が言うようにそんなに持ってないんですけど、悩み事が多い女性や寂しい女性、そして男性不審になってる女性が多いんですよ。男性不審といっても、心だけで、体は男性を求めている女性です。





